研究内容
性ホルモン依存性腫瘍の微小環境:腫瘍内間質細胞の機能制御の解析
乳癌、前立腺癌を含む固形腫瘍は腫瘍細胞のみで構成されているわけではありません。多種多様な間質細胞も腫瘍組織には存在し、細胞間を充填する細胞外基質も腫瘍組織の構成因子です。乳癌、前立腺癌を含む固形腫瘍にはしばしばマクロファージ(組織球)が高度に浸潤しており、腫瘍随伴マクロファージ (Tumor-associated macrophages; TAMs) と呼ばれています。TAMsは腫瘍の進展を促進する悪役であることが多いですが、そのようなTAMsの機能がどのように制御されているのかを明らかにすることで、TAMsを標的とした治療戦略の構築という可能性が拓けます。当研究室ではこれまでに、乳癌細胞が合成するアンドロゲンがマクロファージの腫瘍促進作用に重要であること、化学療法に暴露された乳癌細胞が分泌するHSP70が乳癌細胞とTAMsのクロストークに重要であることを見出しました(Yamaguchi et al. 2021. Yamaguchi-Tanaka et al. 2023.)。好中球は急性炎症において中心的な役割を果たす炎症細胞ですが、しばしば腫瘍組織にも好中球の浸潤が認められます(腫瘍関連好中球、Tumor-associated neutrophils;TANs)。我々はこれまでにトリプルネガティブ乳癌におけるTANsの遊走制御因子としてInterleukin-17A (IL-17A) を同定しましたが(Khalid et al. 2023. PMID3717841)、性ホルモン依存性腫瘍の進展におけるTANsの役割はよくわかっていません。ところで、TANsは細胞死の際にクロマチン等からなる網様構造物 (Neutrophil extracellular traps; NETs) を細胞外に放出し、腫瘍の進展を促進する可能性が示唆されています。しかしながら性ホルモン依存性腫瘍におけるNETsの役割やその臨床的意義は解明されていません。当研究室ではNETsの受容体に着目し、その下流シグナルの解析や治療抵抗性との関連の解明に取り組んでいます。
性ホルモン依存性腫瘍の微小環境:治療耐性に関わる細胞外基質リモデリングの解析
先に述べたように、細胞外基質 (Extracellular matrix; ECM) も腫瘍組織の腫瘍な構成因子です。ECMにはコラーゲンやヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸などが含まれます。ECMはただ間隙を充填しているだけではなく、アクティブに細胞に働きかけるシグナル分子としての役割も持っています。各種治療後の腫瘍の標本を見ると、腫瘍細胞の変性像のみならずECMの変化にも気が付きます。そこで治療過程におけるECMのリモデリングと治療耐性の関連について、特にECM受容体に着目して研究しています。
乳癌の化学療法耐性に関わる細胞間相互作用の解析
化学療法は内分泌療法、分子標的治療と並んで今もなお重要な乳癌の治療の手段です。
特に内分泌療法が効かないトリプルネガティブ乳癌に対しては化学療法が治療の主体となります。しかしながら化学療法に耐性を持つ乳癌も少なくありません。我々はこれまでにいくつかの化学療法奏功性予測因子を同定してきましたが(Yamaguchi et al. 2020, Sato et al. 2023. )、耐性機序の解明は未だ十分ではありません。一方で、乳癌細胞の化学療法への感受性は均一ではなく、効きやすい細胞と効きにくい細胞が混在していることが乳癌組織の観察から分かります。これは乳がんが化学療法に耐性を獲得していく過程のある時点を見ているのかもしれません。そして我々は様々な化学療法感受性を持つ乳癌細胞が互いに影響しあうことで耐性化が誘導されるのではないかと考えています。現在、細胞間相互作用を媒介する因子、特に細胞外小胞に焦点を当てて耐性化の機序を解析しています。
AIを用いた乳癌の診断ツールの開発
近年、人工知能(AI)は我々の生活に浸透し、医療においてもその役割を広げつつあります。当研究室では、病理医が診断にAIを補助的に用いることで時間的・精神的負担が軽減されることを目指し、他分野と連携してAIによる病理診断支援ツールの開発に取り組んでいます。これまでに、乳腺の病理組織標本の顕微鏡写真から正常・良性乳管、非浸潤癌、浸潤癌の領域を検出するモデルを構築し、画像の良悪性の診断は90%の正解率を達成しました(Yamaguchi et al. J Pathol Inform. 2022)。一方で、病理医の業務の中でも、限られた時間の中での診断が求められる術中迅速診断は心理的負担が大きく、現在は術中迅速診断の補助となるAIの開発に取り組んでいます。